Ultra Quiz アメリカ横断ウルトラクイズ体験記 |
【12】待望の本土上陸/サンフランシスコ | ||||||||||||
9月5日早朝、サンフランシスコに到着。 時差ボケを直すため、バスで観光へ。 ここでツアコンの二人(ともに男性)を紹介しておこう。 遠藤さん:25歳。埼玉県出身。とても気さく。ミーハー。ポーカーフェイス。第15回から担当。 柳原さん:28歳。神奈川県出身。二枚目で、マダムに「メンズノンノ」柳原さんと呼ばれる。今回が初担当。 この二人はクイズが終わると勝者側・敗者側に分かれ、一人が敗者を空港まで送った後にまた合流という形になる。観光や食事の時はどちらか一人がつく場合と二人揃う場合がある。 スタッフに私情が入るのを防ぐため、僕らはほとんどのスタッフとは話すことができないが、この二人はもちろん別で、仲良くなることができる。 クイズの時には着物姿でいたい大西さんは、毎回巧みな話術で次のクイズの手掛かりを聞き出そうとしたが、ことごとく失敗に終わった。口の軽い人にはウルトラのスタッフは務まらないのだ。 今回の観光には、柳原さんと現地スタッフが同行。 市内に入れば、ここは紛れもなく「アメリカ」で、グアムやハワイとは全然雰囲気が違う。これが本当の「外国」なんだなと思う。 ツインピークス(日本でも流行ったドラマとは関係ない)から霧のかかる夜明けの街を一望。寒さと感動の両方でゾクゾクする。 マクドナルドで朝食を済ませ、フィッシャーマンズ・ワーフを散策。大西さんが日本語のガイドブックを買い込む。御当地問題の勉強に関しては大西さんと鎌田が特に熱心だ。 沖に浮かぶのはアル・カポネが収容されていた刑務所跡で知られるアルカトラズ島。 あまりにも有名なサンフランシスコのシンボル、ゴールデンゲートブリッジを渡り、サウサリートへ。洒落た建物が並ぶのどかな街を歩いていると、着物姿の大西さんがサインを求められる。 バークレーではノーベル賞を15人も出しているというUCB(カリフォルニア大学バークレー校)のキャンパスを訪れ、怪しげな日本料理屋で昼食。そこで食べた「ヤキソバ」は日本でいう焼きそばとは違ったが、それなりに美味しかった。 学生街のATMでは持ってきたVISAカードが使えることを確認し、ひと安心。早速ドルを引き出し、GAPのGジャンを買った。 その後も海軍基地、ユニオンスクエア、シール・ロック、ハイアット・リージェンシー(映画『タワーリング・インフェルノ』のロケ地)などをまわり、ホテルに着いた時はみんなグッタリしていた。 夕食はイタリアンレストランで、スタッフと一緒だった。 構成作家の萩原さん、プロデューサーの廣田さん、福澤さんたちと話す貴重な機会だったが、僕は緊張してあまり喋れなかった。 今回の挑戦者は「みんなおとなしくて真面目」だそうだ。 部屋に戻って、竹原に電話する。 「もしもし、竹原? 今サンフランシスコにおるんやけど」 「何寝ぼけてんねん」 家を出てから一度も電話してないから無理もない。 嘘ではないことを何とか信じさせ、毎週欠かさず読んでいるいくつかの雑誌を買っておいてもらうように頼んだ。 |
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【13】本土決戦開始/サンフランシスコ・11人早押しクイズ | ||||||||||||
9月6日。 グアム、ハワイと意表を突かれたが、今日は予想通りのノーマルな早押しクイズだ。 澄み切った青空。バックにはゴールデンゲートブリッジ。最高のシチュエーションだ。 まず一人一人福澤さんとのやりとりがあり、個性を浮き立たせるようなニックネームがつけられる。野上さんは「パソコンとうちゃん」、下村は「ヒーマン」、松井は「越後おやじ」、そしてそれまで「赤門」田中と呼ばれていた僕は「ミニラ」。 「赤門」よりはいいような気もするが、素直には喜べない。 あこがれの早押しハットを装着する。 予想以上に重く、グラグラする。 「勝ち抜けると次は西海岸の夢の町、キャメロンパークであります」 「どこやそれ?」 普通は拍手や歓声が起こるのに、ここではみんな無反応だ。 「それでは参ります。早押しボタンに手を置いて」 ここで一旦カメラが止まり、FDの棟方さんからルールの再確認と勝ち抜け後の指示。 続いて福澤さんが手を叩くのに合わせて早押しの練習があったが、全然押せない。クイズ研ながらほとんど幽霊部員だった僕は、早押しはまだまだ経験不足。結果は大西さんの圧勝だった。さすがにハイレベルな「関クイ」で揉まれているだけはある。 その後一人一人のボタンチェックもあり、ようやく本番が始まる。 2ポイント先取。お手付き・誤答は1回休み。 平均年齢は24歳、6人が大学生という若い戦いだ。 1問目の「アルカトラス島」は大西さん、2問目の「ツインピークス」は僕が取る。昨日見た場所と行った場所だから、速さだけの勝負だ。 3問目の御当地問題は野上さんが取り、4問目。 「今年、世界で初めてヒヒから人間へ……」 「ピッツバーグ大学」 大西さんに押し負けた。 自分で作ったことのある問題を取られたことと、1抜けされたということでダブルショックを受ける。この後僕が大西さんを睨みつけるシーンが映っているが、僕はクイズの最中はいつも闘志むき出しだった。 「万有引力の法則を述べているニュートンの/……」 「プリンキピア」 こういう基本問題は鎌田が強い。 「山がそこにあるからという/名言……」 「ジョージ・マロリー」 荒井も速い。 「サンフランシスコと対岸を結ぶ湾岸地区高速鉄道を何という?」 「バート」 野上さんは以前西海岸へ旅行しようと思ったことがあって、その時ガイドブックで見たこの「バート」を覚えていたという。見事な2抜けだ。 その後は、僕、鎌田、荒井、松井、中島、下村、溝渕と抜けた。ノーマルな早押しだから、ほぼ実力どおりと言っていいだろうが、面白いのは荒井が抜けたあたりから問題が急に簡単になっていることだ。 結局ここでは、いつもうるさいほど明るく、みんなの盛り上げ役だったマダム小澤さんとワラジン木ノ下さんが落ちてしまった。 2人減っただけなのに、4~5人減ったように感じさせる、それほど存在感のある2人だった。 一旦ホテルに戻ってみんなでコインランドリーへ。それからケーブルカーに乗ってダウンタウンへ。夕食は日本料理店に入った。 その帰りの満員のケーブルカーでは、一つの事件が起こった。僕は前の方に乗っていたので見えなかったのだが、ヒーマン下村がケーブルカーから落ちたのだ。彼は坂道を走って必死にケーブルカーを追いかけたそうで、後から聞いた僕らも大笑いだった。 本人は自ら飛び降りたと言っているが、僕らはこれを「ヒーマン転落事件」と呼んでいる。そして、下村が走っているところは大西さんの撮った写真にしっかり残っている。 その後、ホテルでは僕もちょっとした事件を起こした。バスルームのドアがロックになった状態で外から閉めたために、開かなくなってしまったのだ。お湯を出しているので、このままでは溢れてしまう。 同室の松井もなんとか開けようと協力してくれたが、開かない。 仕方なくフロントに電話して、必死に説明すると、僕の拙い英語でも何とか通じたのか、エンジニアの人が来て開けてくれた。 その後、一人部屋の溝渕も同じことをやってしまい、僕の部屋に電話がかかってきた。僕は自分の言ったフレーズを思い出して彼に伝えたが、彼の英語は通じず、結局ジェスチャーで何とかしたそうだ。 ホテル側は厄介な団体客だと思ったことだろう。 |
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【14】西部の香り漂う町/サクラメント | ||||||||||||
9月7日。 2日間堪能したサンフランシスコの美しい町並みを後にし、バスでサクラメントへ。 僕はこのバス移動がたまらなく好きだった。 トイレ付きのビップコーチにひと握りの挑戦者で、好きな席でのんびりできる。 外に広がるのは雄大なアメリカの大地。日本ではまず見ることのできない風景だ。 僕は他の挑戦者と話をするより、音楽を聴きながら外の景色に見入っていることが多かった。 本土上陸後は日程にも余裕があるし、残り人数を考えるともう奇襲はないはずだから、次のチェックポイントまでは安心して旅ができる。これが楽しくない訳がない。 昼過ぎ、オールドサクラメントに到着。古き良き西部の街並みが残されていて、馬車が走っている。陽射しはとても強いが、湿度が低いのでそれほど不快ではない。 昼食はバイキング方式の店に入り、サラダをたっぷり食べる。 店の奥にはピンボールやテレビゲームがあり、みんなで遊ぶ。ピンボールが好きな関谷がいたら喜んだだろうに。 午後は自由行動で、一旦ホテルに荷物を置いて遊びに出かける。 道に迷いながらもなんとか市街にたどり着き、歴史博物館へ行く組と鉄道博物館へ行く組の二手に分かれるが、どちらも単なる観光だけでなく、「キャメロンパーク」がどんな場所か調べるという目的がある。 僕は鉄道博物館の方へ行ったが、大陸横断鉄道の車両やSLなどがドンと置かれていて結構楽しめ、古い鉄道の写真を見ていると『エデンの東』のワンシーンを思い出した。 売店のおじさんに地図を見せてキャメロンパークについて尋ねると、親切に教えてくれたが、その結果わかったのは、地図にも載らないとても小さな町だということ、観光の対象になるようなものは何もないということだけだった。歴史博物館組もたいした収穫はなかったようで、わかったのはおおよその場所だけだ。 何もない? バラマキか? そんな考えが頭をよぎる。 夕食はメキシコ料理。僕はレッド・スナッパーという魚を食べた。英語とスペイン語で書かれたメニューには、得体の知れないものもいろいろあったが、肉以外は何でも大丈夫だから、それほど苦労はしない。 ホテルではピクショナリーや絵に描くしりとりで遊んだ。大西さん曰く「田中の絵はうちの子供以下」だそうだ。反論できないのが悔しい。 大サバイバル戦の真っ只中にいることを忘れるような、のどかな一日だった。 ⇒ |
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