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『クイズマガジン21』は

クイズ作家・田中健一のオフィシャルサイトです。

Ultra Quiz アメリカ横断ウルトラクイズ体験記

   
【27】南北戦争の戦場へ/フィラデルフィア・準決勝・通せんぼクイズ(1)

 9月19日。快適な目覚めだ。
 体調は完璧だが、最後のユンケルを飲んだ。ニューヨークでは必要のないものだ。
 ここで、残っている4人のデータを紹介しよう。クイズの成績は早押しのみのものだ。

 7・大西 肇(34)
 関西クイズ愛好会所属
 正解19、誤答4。正解率82.6%
 得意ジャンルは時事、基本問題。手は速く正確。
 何度も失格しそうになるなど、まだ実力を出し切っていないが、最も警戒すべき存在。

 14・田中 健一(22)
 東京大学クイズ研究会所属
 正解24、誤答5。正解率82.8%
 得意ジャンルは時事、難しい問題。手は普通。
 アトランタで初めて地獄を見たが、フロリダキーズでは初の1抜けで復調。さらに波に乗れるか。

 36・鎌田 統(21)
 東京大学クイズ研究会所属
 正解16、誤答6。正解率72.7%
 得意ジャンルは地理・歴史、基本問題。苦手は時事。手は速い。
 本土上陸後はまったく危なげなかったが、フロリダキーズで調子を落とす。敵は「自分自身」か。

 41・松井 佳則(20)
 新潟大学クイズ研究会会長
 正解18、誤答6。正解率75.0%
 得意ジャンルは生活、理系分野。手は遅い。
 唯一の理系というメリットを活かせるか。彼が通過席に座るようだと、勝負の行方はまったくわからなくなる。

 通せんぼクイズの対策は特に考えていない。
 とにかく押して、解答権を取って、答える。それだけだ。小細工は必要ない。
 知力・体力・時の運、どれ一つとっても十分とは言えないが、精神力ではきっと3人に負けないと思う。
 そして、今までの人生で、いろんな場面で発揮してきたここ一番での勝負強さが、今日も僕の味方をしてくれることを信じて……。
 とにかく、中村のためにも、東浦君のためにも、下村のためにも、中島のためにも、無様な負け方だけはできない。

 現地スタッフのキムさんの運転するワゴンでホテルを後に。
 今日はさすがに目隠しはないが、景色を楽しむ余裕はまったくない。
 目的地はバレーフォージ国立歴史公園。独立戦争の舞台となった場所だ。

 しばらく待機させられた後「戦場」へ。外は思いのほか肌寒く、サンフランシスコ以来のGジャンを着込む。
 4台の早押し機、通過席、福澤さん、スタッフたち……。
 何とも言えない緊張感の中で、すべてのものが僕らを待っていた。

 福澤さんとのやりとりでは、「ニューヨークで隣に座る相手」を聞かれる。
 僕の答えは「鎌田」。鎌田の答えは「田中」。

 ルールの説明。
 去年までとは違い、お手付き・誤答は1回休み。
 今回は準決勝になっても「マイナスポイント」というルールが登場しない。
 カメラが止まり、いつものようにボタンの練習。
 サンフランシスコではまったく押せなかった僕も、今日は3回に1回はハットが上がる。
 大西さんと鎌田に対する無言のプレッシャーだ。

 そして、スタッフからの注意。
 去年は相手を阻止するために無茶な押しをする人がいた。たとえば、スポーツ問題が得意な鎌田君が通過席にいる時にスポーツ問題が出たら、とりあえず押して解答権を与えない。そんなやり方は絶対にやめてほしい。あくまでも答えがわかってから。フェアに取り組んでほしい。
 だいたいこんな内容で、これまでにも同じような注意をされたことはあったが、今日は一段と熱のこもったものだった。


【28】全身全霊を傾けて/フィラデルフィア・準決勝・通せんぼクイズ(2)

 ぴんと張り詰めた空気の中、戦いの火蓋が切って落とされた。
「ギリシャ語でフィラデルフィアとはどう/いう意味?」
「兄弟愛」
 あまりにもストレートな問題に、大西さん、鎌田、僕の手が一斉に動いたが、ハットが上がったのは僕。この2人に押し勝てるなんて、信じられない。

 鎌田が「ペンシルバニア大学」、大西さんが「紺」を答え、3人が1ポイントで並ぶ。
「パソコンやワープロのキーを見ないで打つ/ことを何という?」
「ブラインドタッチ」
 またも2人に押し勝つ。早押しの技術が向上したというよりも、集中力の違いだ。もちろん今までも気を抜いていたわけではないが、今日はひと味もふた味も違う。福澤さんの言葉がひと続きではなく、一字一句切れ切れに頭に飛び込んでくるのだ。

 大西さんが「薬缶」、鎌田が「花火」を答え、今度は2ポイントで3人が並ぶ。
 勝負どころの次の「じょっぱり」は思い出すのに0.5秒ほどかかった分、大西さんに負けてしまう。
 大西さんは通過席へ。
「叩き潰す!」
 自分で自分に気合を入れる。

「仏教を守護する神である四天王。この四天王に踏みつけられている鬼を何という?」
 とっさに浮かんだ答えは2つ。「天邪鬼」か「餓鬼」。押そうかやめようか、ほんの一瞬の迷い。スタッフの注意が頭に……。
 その時、大西さんのハットが上がる。
「天邪鬼」
 ピンポンピンポンピンポンピンポン。
 あまりにも悔いの残る1問だった。

 残る席はあと1つ。ニューヨークでの東大対決は消えた。

 「ダイアローグ」を松井に、「ボツリヌス菌」を鎌田に押されるが、2人とも誤答。
 焦っているのか?
 そして、松井との1対1で迎えた次の問題。
「夜の盛り場などでおなじみの、原子番号10/、元素記号……」
「ネオン」
 今度は僕が通過席へ。
「今の率直な気持ちはいかがですか?」
「もうこれで抜けないと、だめじゃないかなと思います」
「もう自分に2度とチャンスは来ない、そんな気がするんですか?」
「……はい」

 通過クイズ1問目。
「小説『日本三文オペラ』を書いたのは開高健。では、戯曲『三文オペラ』を書いたドイツの劇作家は誰?」

 う~ん、思い出せない。頭の片隅にはあるのだが。
 結局スルー。答えは「ブレヒト」だった。

「チャンスは、自分で手に入れます」
 福澤さんの言葉が胸に響く。

 2問目。
「隅田川を舞台にした唱歌『花』。花と散るものは何?」
 一か八か勝負にいったが、ハットが上がらない。鎌田の方がほんの一瞬早かったのだ。
「桜」
 やられた! 言おうとした答えだ。
 ブー。
 えっ? 違うんか?
「正解は、櫂のしずくであります」
 言われてみれば、確かにそうだ。歌ってみればわかる。
「♪春のうららの隅田川 上り下りの船人が 櫂のしずくも花と散る……」
 でも、あの場面で歌を歌ってみる余裕などあるわけがないし、「花と散る」と言われれば思いつくのは桜しかない。冷静に考えれば「桜」が答えならわざわざ問題にしないとも思うが、そんなことを考える余裕ももちろんない。
 ラッキーだった。グアムに次いで二度も、手が遅いために助かるとは。しかも相手はいずれも鎌田。鎌田は不運としか言いようがないが、僕はずいぶん楽になった。次は松井と1対1。ここで絶対に決めてやる。

 3問目。
「南極にある日本の観測基地は全部で3つ。昭和基地、あ/すか……」
「みずほ基地」
 ピンポンピンポンピンポンピンポン。
「やった~!」
 僕は体全部を使って喜びを表現した。ついにやった。これで「ニューヨーカー」の仲間入りだ!

 これはベタな問題だったが、どこで押すかという判断は難しかった。大西さんや鎌田が相手だったら「日本の観測基地は」あたりで押して勝負をかけただろう。でも、相手は松井だけだ。そんなに早くは押してこないだろうと思ってポイントまで待った。それが正解だった。

 大西さんとがっちり握手を交わす。この旅で最初に仲良くなった人。そして決勝の相手としてまったく不足のない人だ。
「鎌田、松井、ありがとう。楽しかった。また日本で会おうぜ!」
 敗者の2人と別れの言葉を交わし、摩天楼へ向かって、2人きりの最後のバンザイ。
 今にも泣き出しそうな鎌田と松井の顔を見たら、こっちまで悲しい気分になってきた。

 最大のライバル、鎌田統。その強さは十分に知っていたつもりだ。でも、『FNS』や『史上最強』にも挑戦し現役バリバリの僕に比べ、彼は最近すっかりクイズから遠ざかっていたから、負けることはないだろうとタカをくくっていた。
 ところが、蓋を開けてみれば鎌田は絶好調。特に本土上陸後はほとんど上位抜け。ブランクを少しも感じさせない見事な戦いっぷりだった。
 そして、松井佳則。彼の敗因はとにかく手が遅かったことに尽きるが、いろんなことを知っているうえに観察力が鋭く、旅の仲間としてはとても頼りになる男だった。


【29】憧れの地へ/フィラデルフィア→ニューヨーク

 現地スタッフのゴードンさんの運転で空港へ。
 ニューヨークへ行ける! ヘリに乗れる! 自由の女神に謁見できる!
 嬉しくって嬉しくって、しょうがない。まるで優勝したような気分だ。
 空港では、ニューヨークへ同行する進行スタッフの阿久津さんと一緒に食事をする。
 阿久津さんは飛行機やホテルの手配を手がけている人で、今までに3度も「ホールドアップ」に遭ったこと、「バスで横断」の第14回ではハードスケジュールに運転手が怒って大変だったこと(チップを1000ドルも渡したそうだ)など、いろんな話をしてもらった。

 14時15分発のUS1664便に乗ると、1時間弱でニューヨークのジョン・F・ケネディ空港に到着。大西さんは自由の女神がちらっと見えたそうだ。
 憧れのニューヨークの空気を吸い込み、国籍不明の運転手(大西さんによるとアラブ人)のタクシーに乗り込む。
 ハイウェイを飛ばし、ラガーディア空港の脇を抜け、やがてテレビや写真でしか見たことのないマンハッタンが目の前に広がってからは、ホテルに着くまで感動の連続だった。

 今日のホテルはホリデイイン・クラウンプラザ。場所はブロードウェイ、タイムズスクエアのそばの超一等地で、今までのホテルの中では最高級の1泊195ドルの部屋だった。
 2人はそれぞれ別の階のシングルルームで、久々に「部屋からの外出禁止令」が出たが、このホテルでの外出禁止は辛いものがあった。
 いちばん困るのは飲み物だ。各階に自動販売機でもあればそっと買いに行けるのだが、このクラスのホテルになるとそれがないし、部屋の冷蔵庫は使えない(保証金を払っておかないと開かない)。仕方がないので、僕はルームサービスの夕食の水をとっておいて、喉の渇きに備えた。

 やっと出番のきたスーツをハンガーにかけておこうとして、スラックスがないことに気付く。日本に忘れてきたのだ。慌ててツアコンの遠藤さんに相談すると、遠藤さんのサイズが僕とほぼ同じなので、上下とも貸してもらえることになり、ひとまず安心。
 それは良かったのだが、明日のスケジュールを聞いて驚く。
 午後からヘリの撮影をして、それから決勝をするというのだ。
 初めてクイズの予定を事前に教えてもらったのは嬉しいが、明日は観光にでも行けると思っていた僕は意表を突かれてしまった。虫のいい考えだと思われるかもしれないが、本土上陸後、2日続けてクイズをしたことは一度もなかったのだ。

 同じ頃、大西さんは「ロックアウト事件」を起こしていた。
 ルームサービスのトレイを廊下に出す時、オートロックのドアが閉まって入れなくなり、フロントに下りていったら、ちょうど運悪くスタッフが溜まっていて、思いっ切り見つかってしまったとか。
 ふつうの人なら恐縮してすごすごと戻ってくるものだが、このおっさんは売店で日本語版のガイドブックを買ってきてしまう。
 その場に居合わせた福澤さんが、「その本からは出ないよ」と言っていたそうだし、僕はニューヨークに来てまで御当地問題を勉強する気はなかったから別に構わないが、この人の御当地問題にかける熱意は衰えることを知らない。

 それにしても独りの部屋は退屈だ。
 マンハッタンの夜景も見飽きたし(何という贅沢!)、テレビは面白くないから、大西さんと電話で話したり、『現代用語の基礎知識』を見たりして時間をつぶす。
 この『現代用語~』は、最初のうちは一日交代でみんなで回し読みをしていたが、最後に僕のところに回ってきて、その後は誰も引き取ってくれず、ずっと僕が持ち歩いていたものだ。 

 明日はどんな日になるのだろう。
 結果はどうあれ、生涯忘れられない一日になることだけは間違いない。
 もう一度夜景を目に焼き付け、眠りに就いた。